IE9ピン留め
2009年1月号 -94-
■新年は 船の汽笛を聞きながら…

今年もよろしくお願いします。
皆さんは このお正月は ゆっくりと休んだり、家族とどこかへおでかけでしたか?
私は2年前まで いつも冬休みは大イベントで、暮れから豊橋の父の実家へ行って、おばあちゃんと一緒に初詣をしたり、伊良湖岬の叔父さんを訪ねて 海をみたりするのが決まりでした。2年前にその祖母と 叔父も亡くなりましたので、今年は横浜で ゆっくりとしたお正月でした。もうあまり豊橋で過ごす事もなくなるかなと思うと、すこし寂しいのですが…

*     *     *

 私のグループの人たちは 皆重い障害者です。24時間看てもらうので、家族の人たちは長い休みだと大変かなと思います。それは歩ける知的障害の人たちも同じだと思います。
 以前、七沢の施設にいた「仲間作りの会」の友達が『休みで家に帰っても、なかなか外へ出してもらえないんだよね…』とぼやいていました。たまの休みなので 家族もそばに居てほしいのか、支度が面倒なのかわかりません。もしかしたら 一人で電動車イスで行くので 事故があったらいけないと思って 心配しているのかも知れません。
 私は、おかしいけれど、母が家の仕事で 忙しく動くのを見ているのが 好きです。お正月飾りのリースを作ったり、掃除をしたり… 私もやっているような気分になって、なんとなく嬉しいです。
 一つ残念なのは、暮れに母の親戚のお寺にいって お墓参りをする時、段々を登って 高いお墓の前まで行きにくくなりました。冬は 境内で待っていなければならなくなってがっかりです。車で待っていると、みんなも忙しいけど会いに来てくれます。「来年も 元気で暮らしましょうね!」と励ましてくれました。
 そして 夜12時になると、遠くの港で ボー ボー ボーと 一斉に鳴らす 船の汽笛を聞きながら 横浜のお正月を迎えました。

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 私にとっては、長い休みが取れてよかったです。にぎやかなところに行ったり 渋滞に巻き込まれたりしないで、家で話をしたり、お茶を飲んだりして過ごす、静かなお正月もいいなと思います。何かやることがあっても、「明日でも いいね… 」と思えるし、疲れが取れたように思いました。
# by megane-no-koe | 2009-01-25 18:44 | めがねの声
2008年12月号 -93-
◆小学生の皆に聴いてほしかったこと・・・
 
12月にはいつも人権週間や障害者の日があって、小学校でも勉強をする日があります。今年も頼まれて私も日吉の矢上小学校に行きました。
私は 打ち合わせのために学校に行きました。5年前に立て直したところはエレベーターや障害者トイレがあったりバリアフリーになっていて驚きました。
 もっと驚いたのはお話をする日に行くと 下駄箱のある入り口のところで「あっ 大原さんだ。おはようございます!」と皆が名前を呼んで 声をかけてくれました。
お話をしているときも ちゃんと姿勢よく聴いてくれて質問もたくさんありました。
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 学校の先生は、打ち合わせのとき、「友子さんのことや、思っていることを話して下さい』といわれました。いままでは 活動の写真を見せて、グループホームのことや活動ホームや作業所のことを中心に 紹介していましたが、今度は 私がいつも言いたいと思っていたことも話しました。学校に通っていた頃から、いろいろな事を教わったり、訓練をしていただいた事などを 話したかったのです。 それで、こんな事を伝えました。
*    *    *

* 私は、いろいろな障害がありますが、一番困る事は、言葉が不自由な事です。
普段は、文字盤や、紙などに書いた筆談や、ゼスチャーなどで伝えますので何かをしながら、会話をする事は出来ません。 大切な事は、きちんとそばに座ってもらって伝えます。それで 困るのは、新しい職員やヘルパーさんやともだちが来るとき、理解してもらうまでに大変時間がかかることです。いろいろな人と関わらなければいけないので不便です。
* 良かったと思うことは、たくさんの人たちやともだちに会えて、今でもいろいろ教えていただいたり 助けていただけることです。
私は、絵が好きだったので、小さい頃から母が障害のある先生をさがしてくれました。
先生は、重いキンジストロフィーという病気でした。「友子は、絵よりももっと障害者の生活の勉強をしなさい。」といって電動車いすに乗る事からはじめました。そして今も 細かい心の事まで教えていただいたり 相談したい思う ともだちです。
 また、青年クラブのボランティアさんたちや、たくさんの方たちの助けで 一人で電車に乗ったり、パソコンを使う事などをおぼえました。ボランティアさんと 買い物や生活の練習などもしました。そのとき そのときは いつも大変でしたが 今はたくさんのともだちとして 見守って下さるので 私はとてもしあわせです。
* 皆さんも ぜひ仲間や ともだちを大切にしてください。私からの 願いです。

後から 質問があったりして「障害者は苦しい事ばかりだと思っていたけど、写真を見て楽しいことも多いのだとわかって 安心しました」という感想も聞いて、私もよかった・・・と思いました。
# by megane-no-koe | 2008-12-22 23:45 | めがねの声
2008年11月 -92-
■私にとっての 災害の訓練は・・・。

 今年の11月には、3回も防災訓練に出ました。
 そのうち2回は、港北区セーフティーネットの人たちや 災害ボランティアの人たちと参加した 広域の地域拠点の訓練で 港北小学校と 大曽根小学校です。
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 よつばホームのみんなも港北小に参加する予定でしたが、朝から雨で とても寒いのでやめることになりました。私は、自分の地域なので 参加しました。青いカッパを着て石のようになって話を聞いていました。いろいろな知り合いの方が 寒くないかと 気をつかって下さいました。小さい頃から知っている 八百屋さんのおばさんが、発電機に挑戦していました。ワイヤーを強く引いて動かすのです。何度も 何度もやって やっとドドドドッとかかりました。おばさんは もう75歳を過ぎると思います。みんな拍手をしました。
 参加する男の人が少なくて 災害のときは 力が要るのに、困るのではないかと思います。
 次の日は 大曽根小にいきました。港北小とは別の訓練をいろいろ見ました。倉庫の中には、人を助ける道具や 食料や オムツからノートまでたくさんの品物が整理されてありました。大きな炊飯器もありました。私は 初めて煙のトンネルを体験しました。真っ白な煙で何も見えません。ボランティアさんが車イスを押してくれていましたが、とてもこわかったです。
 もう1回は、実家のある篠原台町の人たちと近所の公園でおこなわれました。
 近いので 私は電動車イスで行きました。道路のマンホールから放水する 消火訓練をみました。牛乳パックでお湯を沸かし、おにぎりを作って、家の近いグループごとに 地面に青いシートを敷いた上に座って 交流しながら食べました。
 公園は 最近新しくなって 入口に自転車などが入れないようにしたガードがSの字にまげてあります。電動車椅子で通るのは 何度もきりなおして とても大変でした。皆 一緒にのぞき込んで、「こりゃ駄目だ」「あー 上手に通れたね」「でもこれじゃ駄目だ!」と消防の人たちも一緒に怒ってくれていました。
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 どこでも知っている人たちに会うと『元気?』とか 今どうしているのとか、声をかけて下さいました。それを見て 知らない人たちも声をかけてくれます。牛乳パックに新聞紙をつめて マキの作り方などを教えてくれたりしました。
 訓練といっても 私には 何も出来ないけれど 私なりに覚えることはできますし「障害者も居るのよ」ということを 皆の考えに入れておいてほしいので そんな役目もあるのかなと思います。
 これからも 近所を歩く事が大切だとおもいました。
 
# by megane-no-koe | 2008-11-30 14:23 | めがねの声
2008年9月・10月 -91-
■今は食欲の秋ですが...。

このごろは何を食べるのも大変になりましたね。食べ物に薬品が入っていたり。ずっと前から危ないといっていたのに、ゼリーを喉につめておばあさんや 子どもが亡くなったりしています。
 そして毎日のように 何か食べ物のニュースがありますし、誰かがテレビで 頭を下げて謝っています。
 この前は、パンを丸ごと食べて喉に詰まって亡くなった子どもがいました。バカなこととも思いますが、私はかわいそうだと思って見ていました。
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 私たち重度の障害者は食べるのも大変です。食事の前にハサミなどで細かく切ってから「いただきます」をして 楽しく たべます。
 このごろ私は、少し飲み込みが悪くなったのか、この前も シチューを食べていて喉が詰まってしまいました。 疲れていたのか 風邪気味だったからなのか、自分では判りませんが 大きな物はほとんど無かったのに 喉が詰まって とても 苦しくて 少し大変でした。回りにいた、皆も驚きました。
 その後にあった青年クラブのともだちとの旅行では、母も少し心配して 友達みたいな感じで 一緒にいきました。
 私は 旅行はとても好きですが、途中 外で食べる食事のときが ちょっと気が重いのです。食べる時間もゆっくりですし、上手に食べられませんので 工夫もしなければなりません。一緒の皆にも 大変なのではないかと 思ってしまいます。

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 普通の人は せっかく上手に食べられるのに、元気な子どもが パンを食べて 喉に詰まらせて死ぬなんて ほんとうにかわいそうだとおもいます。
 小さいときから マナーを守って 楽しく食べるように よく教えてやってほしいと思います。
 この頃の人たちは なんだか少しおかしいと思います。親が子どもをいじめたり、簡単に人を殺したり 私がおばあさんになる頃 どうなっているのか...心配にもなります。
# by megane-no-koe | 2008-10-31 23:43 | めがねの声
2008年7月30日 -90-

■「しもだ」が私に合っている

 去年の秋に 私たちの通う『活動ホームしもだ』が 出来て20年になりました。この前ラポールを借りて20周年の記念式典をしました。
アットいうまの20年。速いなと思ったり、長く居たんだな...とも思います。
私が、県立中原養護学校を卒業して もう20年ということになります。

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 今度も、私のことを 書きます。
私の家は、学校から遠く 車で40分や45分ぐらいのところで、毎朝 母が送迎をしていました。学校は、川崎市の 中原区にありました。横浜市の人はあまりいませんでした。港北区の人たちと学童の訓練会をつくりました。そのうちに『活動ホームともだちの丘』が出来て、そこで少し活動していましたが、だんだん混んできて 私たちは、学校を卒業しても そこの作業所には入れないので もうひとつ作ることになりました。それが『活動ホームしもだ』でした。また 遠くでした。
 「家からもっと近い活動ホームもあるし、活動ホームしもだ までの間にともだちの丘もあるのに 日吉の先まで行くのね」と冗談を言いながら通います。
 私は時々「みんなは 家が近くていいな。」と思っていましたが、しもだは 私にとっては 学校の訓練や七沢の(県立七沢身体障害者更正施設)つづきで いろいろなことが出来たところです。パソコンも覚えたし、電動車いすで 一人で電車で移動する事もおぼえました。私の作品展も開くようになりました。青年クラブで 生活の訓練やいろいろな体験しています。みんな小さい頃には 夢にも思っていないことでした。ほんとうにたくさんの人たちの助けがあってできたことです。
 この前学校の頃の先生が、会いに来て下さいました。私の体を見て「まだしっかりしているね。
いろいろ頑張っているのね。みんなも とても元気だしよかった」といってくださってました。私は、とっても嬉しかったです。今も 毎日身体の機能くんれんを続けているからだと思います。
 ときどき悩む事もあるけれど、しもだが とても私に合っている。それで20年経ってきたのだと思います。
 いまは、グループホームで 近くなったし「週末に過ごす家が 少し遠いのもいいかな」と思っています。

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 とても残念な事は、長い時間かかって 協力していただいて 出来るようになったのに、電動車いすで 電車に乗る事がほとんどなくなりました。でも道がよくなれば、またでかけられるようになると思っています。
 これから 何ができるようになるのか どう生きていけるのか 楽しみです。


# by megane-no-koe | 2008-07-30 11:48 | めがねの声
2008年6月30日 -89-
◇よくわからない心配が不安のもと...

 この前、東北で大きな地震がありました。
 17年前に、神戸で地震があった少し前に、外のグループ「みんなの会」の仲間と 旅行に行きました。そのとき少しですが、神戸の障害者たちと 交流をしたことを 
後でおもいだしていました。たまたま、私のボラさんが神戸の障害者たちの知り合いで、地震のときも お手伝いに行っていました。「友子さんと お母さんはよいときに旅行に行って 思い出ができて よかった」といっていました。
 半年後に母達が 神戸の施設の人を呼んで、地震のはなしを聞く会をしました。
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 いつも思うのですが、テレビでは、弱者といっても 子どもたちやお年寄りの様子しかでません。皆が 大変なのだとは思いますが、施設や学校のほかにも、いろいろな人たちがいます。
 予定と違う事があると 固まってしまう人は どうしているのか。刻み食や特別な食事しか食べられない人はどうしているのか、おんぶできないような重い人はどうしたのか など、知りたい事はたくさんあります。「どうしているか...」といろいろ不安をもっています。何を心配したらよいのかも よくわかりません。
 こういうことを準備しなさい といっていますが、食べられるのか、水を飲めるのかという事は、今の私には、心配のほんの少しの部分です。
 誰がどんな風だったのか 障害者はどうしているのか について 知りたいと思います。「何を どう心配すればよいのか」さえ判らないので、ただ漠然と不安になるのです。
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 これからグループホームに火災通報装置をつける話などが会議に出ました。訓練もしています。地震のことも いろいろ考えていくのだと思いますが、漠然とした心配をせずに、毎日を楽しく暮らしたいですね。
# by megane-no-koe | 2008-06-30 10:43 | めがねの声
2008年5月28日 -88-
■3つの場を上手に使えたら・・・
 この前港北区父母の会の集まりで、伊豆へ旅行に行きました。
 ほんとうは 母と行くといいのですが、今年も忙しいので、よくなれたボランティアさんをお願いしていきました。わがままかなとも思いますが、外の集まりで、一年に一度お会いするのが楽しみですから、行っています。
 一緒の部屋になったIさんのお母さんと、ずっとたくさんお話しました。Iさんもグループホームに暮らしています。このごろお身体がおかしいし なんとなく暗いので、土曜日と日曜日は家に帰ってきますといいました。
 朝から ずっと同じ人たちと一緒に 活動しているからではないかしら とお話していました。私も同じなので、よかったと思いました。
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 今私は、活動ホームしもだの皆とグループホームでも一緒です。私は、重い障害なので朝から夜お休みまで 通してよく見ていただけるので、よかったと思います。
 活動ホームのデイサービスでは、身体の全身運動をしたり 散歩をしたり 歌ったりして体を元気にするところです。グループホームへ帰ると ゆっくり過ごします。昼間の活動のようすも伝えます。一ヶ月に一度は 訪問看護の看護師さんたちが来て、メンバーの健康をチェックしてくださいます。
 ただ ずっと一緒のメンバーなので、週末には家に帰ったり、青年クラブに行ったり時々外の人にお会いしたり、旅行に行きたいと思います。
活動ホームと、グループホームと、家の3つを上手に使いたいと思っています。
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 ずっと前でしたが、日吉の慶応大学で「福祉のまちネットワーク日吉」の集まりがあって、講演を聞きました。先生が「仕事と 家のあいだにあるような事を、たとえば好きな事をするクラブや、市民活動などを上手につくるといい」といっていました。
 その事が 心に残っています。私も、とても大切な事だと思います。
# by megane-no-koe | 2008-05-28 09:21 | めがねの声
2008年4月30日 -87-
■”お別れ”は不安と背中合わせなの・・・
 いろいろあって 私の気持ちが後ろ向きになっていたとき、大塚先生に相談に行きました。いつも のせていただいている「めがねの声」をもうやめにしたいと聞いてみました。先生にすごくしかられました。
 先生は「ますます あたまが駄目になるから 辞めたらだめだよ」といいました。
 私は 言葉がでない言語の障害があるので 文が正確に書けないし、本や長い文を読む事が とてもにがてです。 仮名や少しは漢字も 言葉もわかっているのですが ふしぎに 文章になると読みにくいのです。そして「て、に、を、は」が 上手に使えなかったり 言葉の文字の並びが ごちゃごちゃになったりするときがあります。
 でも 読んでもらって 耳で聴けばよくわかるし、このごろは いつも使い慣れた文は書けるようになりました。
 先生は「文を書くと 皆よくわかってくれるよ。友子は書いてゆくことが大切なんじゃないかな」といつも言います。私もそう思います。でも、グループホームに入るときそのところが 一番心配でした。
 母は、『長い時間で見ると、だんだん上手になっている。ファックスの文もよく伝わるし、メールも解るので大丈夫』といいますが、これから先 どこまで一人で できるようになるのか心配になります。
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 私の言葉を わかってくれる人が「さよなら」したり、代わったりすると、わかってもらうまで また『糸のようにこんがらかって』時間がかかると思うと、心の中で泣きたいぐらいです。親しい人とのお別れは、ただ寂しいだけでなく、新しい人との出会いで すぐうまく伝わるかしら、という不安も背中合わせの 悲しいお別れなのです。
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 時々、私の語録を作りたいね といいます。たとえば『恥ずかしく』と書きたいのに『すわしく』と書いたり 『がっかり』が下書きでは『あんかん』などと書いてあったり。これでは 文字盤の会話もたいへんですね。
でも 時間をかけて ほんとの意味が通じたときは、とてもうれしいし また大笑いです。
 もう少し、がんばる事にしました。

# by megane-no-koe | 2008-04-30 17:57 | めがねの声
2008年3月31日 -86-
         ■慣れることは嬉しい事です・・・
 さくらが 咲きました。花を見ていると 心があかるくなりますね。
 私は養護学校を 卒業してから 神奈川県立の七沢リハビリセンターの更生施設に1年と2ヶ月入りました。このときの 先生から 今年の 1月にメールが来ました。なぜ グループホームを作ったか 私が 入ってよかったと思う事などを知らせて下さいと 書いてありました。
 皆さんにも知っていただいてもいいかなと思って書いてみます。

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 私は グループホームに入って 4月から4年になります。
 やっと 慣れてきて 皆 私の話すことが解ってくれるようになりました。
ヘルパーも安定してきたので 家みたいに 過ごしています。昼間はデイサービスに通って帰ってからは 「たわわ」のめがねの声や 手紙のした書きをしたり パズルなどをしたりしています。慣れてきたことは うれしいことです。
入った頃は わからない微熱が しばらく続きました。母や職員や友だちが 皆で心配してくれましたが 今はだいたいなおりました。
 私のグループホームは 私もですが 皆4人とも 重度の障害者です。
 障害者たちの家では次第にお母さんたちが お風呂や日常の介護が 大変になるので、「すっかり弱くなる前に 家族の近くのところで」と考えて 作りました。
 私は 入る予定ではなかったのですが 人数の関係で急に入ることになりました。
 本当は 家にいて 一人になっても家で暮らせるようになるために 母と友だちのボランティアたちと考えて いろいろなところで泊まりや 自立の練習をしていました。
 七沢リハビリセンターでも 自立の勉強をしていました。グループホームに入るのは少し複雑な気持ちでしたが いまは 少しよかったと思っています。
 だんだん 母が 忙しくなったり、父が重病で倒れたりしたので『グループホームに入っていって 良かったね』と言っています。
昨年 活動ホームの 仲間のMさんのお母さんが 突然重病になって 入院しました。Mさんは とても 重い障害者です。はじめは 横浜療育園に緊急に入りました。
でも 長くいることは 出来ないので 入れる施設をさがしたのですが 近くにはなくて山梨県の病院に 入りました。そこも1か月で退院して別のところへ移ります。

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 重い障害の人は、多くの人の手を借りなければなりません。 でも なかなかすぐには理解してもらえないので、みんな家族が元気なうちに 家と同じように暮らせるところを用意することが とても必要だと思います。

# by megane-no-koe | 2008-03-31 00:49 | めがねの声
2008年1月30日 -84-
■障害者でよかった と思った事ありますか?と・・・
 今年は明けてから 少し寒いですね。皆さんは お身体はいかがですか。
 12月に人権週間で 港北区社会福祉協議会の職員と、母とで大豆戸小学校にお話に行きました。私が トーキングエイドという器械で 簡単に今の活動の事をはなして、母は スライドで写真を見せながら 活動ホームや よつばホームの人たちや 大豆戸小学校の近くにある いくつかの作業所に通う障害者たちのようすを お話しました。
 小さな一年生から 6年生まで500人以上の子供たちが、みんな行儀よく聴いてくださって質問のときは 元気よく たくさん手を上げて、時間がたりないくらいでした。
お風呂の事や トイレの事 電車に乗るときの事「いじめられた事はありますか」など たくさんの質問がありました。
 なかでも「大原さんは 障害者でよかった と思った事はありますか?」と聞かれたとき 私はびっくりしました。今まで 初めて聞いた質問でした。私の事なので私に聞こうと母が言いました。私は 言葉が不自由ですが『はい』と答えました。障害者としていろいろ体験できるし いろいろな人に知り合い 皆たちとふれあいがある と答えました。

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 今度の学校訪問で驚いた事が3つありました。
 1つは 障害者用のトイレがありました。2つは 皆座って一生懸命に聞いてくれました。3つ目は前に書いた質問のことです。それぞれの 家のお母さんたちや 学校の先生が 子供たちをよく見て 育てているのだなと思いました。
 12月は人権週間があったり 障害者の日があったりで 学校も私たちも忙しいけれど 皆の注意が 自分たち障害者に向けられる時です。
このお話をして 私は 自分の事ですが 『私は 24時間 ひとりでは飲んだり食べたりする事もできないし お風呂も寝る事もできないのだ・・・』という事をあらためて思いました。
そして これからずっと 皆にお手伝いしてもらいながら 器械も使って ちゃんと生活をしていかなければならない ということを強く思いました。
# by megane-no-koe | 2008-01-30 15:17 | めがねの声
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